歴史ある教養学部
東京大学教養学部は、1949年5月31日、新制東京大学の発足と同時に設立されました。全国の大学が2年間の一般教養課程である「教養部」を置いたのに対して、唯一本学部だけは、当初から独立の学部でした。 初代学部長の矢内原忠雄氏を中心として前期課程(学部1・2年次)が設置され、1951年には後期課程(学部3・4年次)を擁する教養学科も設立されました。戦後のリベラル・アーツ(教養)教育の中で最も古い歴史を誇るものです。
大学設置基準の大綱化
臨時教育審議会の創設提案を受けて1987 年9 月に創設された大学審議会は、1991 年2 月に『大学教育の改善について』という答申を出し全国の大学に改革をせまりました。この答申を受けて大学設置基準が1991 年6 月に改正され、一般教育と専門教育の区分、一般教育内の科目区分が廃止されました。これを「大綱化」と言います。これにより、各大学は4 年間の学部教育を自由に編成できるようになったのですが、一般教育と専門教育の区分廃止により、多くの大学は教養部を次々に改組・解体するにいたりました。専門課程教育を大学入学後早い時期から行おうという流れのもと、大綱化の5年後には国立大学の教養部・一般教育課程はほぼ姿を消してしまったのです。
駒場の特殊性
こうした流れに対して、東京大学は教養教育重視の姿勢を変えることはありませんでした。1・2年生が全員教養(前期)課程で学び、進学振り分け制度によりその後の専門学部・学科が決まるシステムは全国的に見てもめずらしいものになっています。
若い時期にはさまざまな学問を学び、広く深い教養に裏打ちされ自分の考えを自分の言葉で語り実行できる人間像を理想とし、将来に大きな仕事を成し遂げると期待できる学生を育成する。このlate specialization(遅い専門化)が教養学部の理念として受け継がれています。
また1983年から1996年にかけて教養学部を基礎とする大学院も設立・拡充され(大学院重点化)、駒場は前期の教養課程、後期の専門課程、大学院の三層構造を通じて教養教育・研究を行うというユニークな環境となっています。
教養教育のさらなる発展に向けて
地球環境や生命倫理、情報社会の動向など現代社会は文理融合の分野横断的な複合的視点が求められる危急の課題に多く直面しています。こうした問題に対応する試みとして、東京大学教養学部は新たな教養教育の取り組みをスタートさせました。
最初のきっかけは2003年に特色GPに採択された「教養教育先端イニシアティブの推進」です。大学院の研究教育と教養教育との連携を図り、ここから教育シーズ(大学側が提供するコンテンツ、教育法)を探査し育成する。そして新たな教育モデルを開発し発信することで教養教育の国際標準化を進めるという取り組みでした。
これをもとに、2005年4月から教養学部附属教養教育開発機構がスタートしました。前期課程の学生実験改革、ベネッセ・コーポレーションによる寄付部門での社会連携事業、日本棋院による寄付部門としての大学の授業での「囲碁の活用」の実施などさまざまな取り組みが行われました。教育GP「討議力養成プログラム」や現代GP「ICT活用の学習プログラム」といった競争的資金も獲得しました。
さらに、東京大学本部の組織である大学総合教育研究センターと附属教養教育開発機構が連携して、小宮山宏・前東京大学総長発案の学術俯瞰講義を立ち上げ、現在も教養学部で開講されています。
DeSeCo国際標準プログラムと二人の総長
OECDのDeSeCo(Definition and Selection of Competences)が21世紀の学生に求めている国際標準学力キー・コンピテンシーには以下の3つの重要な能力があげられています。
- 社会的に異質な集団で共に活動できる力
- 自律的に活動できる力
- 対話の方法として道具を活用できる力
これらは、濱田純一・現東大総長の「タフな東大生の育成」、小宮山前総長の「知の構造化」、「他者を感じる力」、「先頭に立つ勇気」といったキャッチフレーズと通じるものです。これらの目標を具現化する教育学習センターの創設が求められました。
附属教養教育高度化機構
そうした中、附属教養教育開発機構は2009年3月をもって役割を終え、2010年4月から附属教養教育高度化機構として拡充され、再スタートがきられました。教養教育前期課程に重点を置いた従来の取り組みを継続しながら、さらに後期課程、大学院へとスタンスを拡げるものとなっています。
具体的には、early exposureとして、大学院の先端教育を平易に教養学部前期課程の1・2年生に教えることで学ぶことへの動機付けを与えようとするもので、late specializationとペアになった双方向性の取り組みが目されています。
教養教育高度化機構では、前身である教養教育開発機構が培ってきた討議力養成や、現代社会が直面する課題(地球環境、生命倫理など)をICT活用によって能動的に学ぶアクティブラーニングの取り組みなどはそのまま活かします。新たに、教養学部が別途予算で運営してきた生命科学高度化部門と科学技術インタープリター部門が統合されました。さらに「タフな東大生の育成」をモットーに国際化部門とチーム形成部門を設けました。これにより規模はいっそう拡大し、部門も多様化することとなりました。
各部門の概要
生命科学高度化部門は前期課程向けの生命科学の東大標準教科書を次々に編纂してきた、旧「生命科学構造化センター」を取り込んだものです。生命科学では物理や化学と比較してカリキュラム体系が確立していないという事情があり、先行して取り組みをはじめる必要がありました。今後は標準教科書を英語化して、アジアに発信していく計画もすすめていきます。
科学技術インタープリター養成部門も、2009年度まで振興調整費で運営されていた旧「科学技術インタープリター養成講座」を取り込んだ部門です。自然科学分野は近年、領域ごとに細分化されすぎてきており、専門が少し違うと科学者同士でも十分には理解し得ない状況になりつつあります。科学者と市民との間の隔たりはいうまでもありません。両者を双方向的につなぐインタープリター(あるいは、コミュニケーター)の役割はますます重要になってきています。従来は大学院向けの授業をサブプログラムで運営してきましたが、今後は学部後期課程への授業拡大も検討しています。
チーム形成部門と国際化部門は完全に新しい取り組みであり、濱田総長が目標にかかげる、国際的に通用する「タフな東大生の育成」を目指します。
チーム形成部門では、OECDが提示した21世紀の学生に求められる標準能力DeSeCoに準拠しつつ、異質な立場の人たちと一緒に意見を集約し、協力して目標を達成する人材を育成します。ジュニアTAの制度を活用し、シンポジウムなどのイベント開催などを通じて上級生が新入生にアドバイスする機会を増やしていきます。学生間で初年次教育を芽生えさせることにより、教養教育の礎(いしずえ)をつくります。
国際化部門では、東京大学で培われた教養教育を、アジアや環太平洋を中心に発信することを目指します。これまで文系の教員を中心にばらばらに行われてきた国際化の取り組みを束ねるものです。取り組みの一つである国際化標準プログラムでは、国際交流の端緒として2010年に教養学部と工学部で2週間の交換留学プログラムを実施しました。他にも、東アジア教養教育イニシアティブ(EALAI)や南京大学プログラム(LAP)などで、東大教養学部の授業配信を行っていきます。